奥田悠介先生の留学体験記を掲載しました。
留学体験記
奥田悠介 (2010年卒)
- はじめに
2023年1月よりアメリカ・ボストンのMassachusetts General Hospital (MGH)のPancreatic Biology Research Laboratory (PBL)にてResearch fellowとして基礎研究に従事しています。留学開始から2年が経過した現在、これまでの経験を振り返り、現状を報告いたします。
2. 留学先について
大学では志村先生のもと、閉塞性大腸癌の臨床研究、消化管癌のバイオマーカー研究に携わってきました。これらの経験から基礎研究への関心が高まり、英語力に不安がありましたが「今行かないと後悔するのでは」と思い立ち、留学先を探し始めました。
MGHは1811年設立の全米有数の総合病院で、ハーバード大学医学部附属病院として臨床・研究・教育の中核を担っています(写真1)。メインキャンパスは複雑なビル群が連結されており快適に移動できます。1818年完成のBulfinch Buildingは現役の建物で (写真2)、最上階のEther Domeは1846年に世界初のエーテル麻酔による公開手術が行われた歴史的な場所です 。
PBLは1972年に膵臓外科医のDr. Andrew L. Warshawが設立したラボで、主に膵臓癌の発生・進行・維持の分子メカニズムを研究しています。現在はDr. Carlos Fernández-del Castilloが継承し、PIはAndrew Liss, PhDが務めています。研修医時代の上級医の先生からのご紹介で、本ラボでの研究機会を得ました。
写真1: MGHメインエントランス
写真2: Bulfinch Building
3. 留学中の研究について
現在は膵癌発癌のメカニズム解明を目指し、遺伝子組み換えモデルを用いて正常膵臓(acinar cell)から前癌病変(ADM, PanIN)を経て膵癌に至る分子機構を解析しています。新しいシークエンス技術を用いる機会に恵まれており、帰国後にバイオマーカー開発への応用も視野に入れています。
日本では臨床検体を用いた単独作業が中心でしたが、こちらでは多くの研究者とのコラボレーションで成り立っています。そのため、予期せぬ律速段階やトラブルが頻繁に発生し、大型のプロジェクトを遂行する難しさを実感しています。メールの返信がないことや進捗が止まることも珍しくなく、リマインドのタイミングや方法など、コミュニケーションの工夫も必要であることを学びました。しかし、自分一人では成し得ないスケールの研究に携わることで、チームとして成果を生み出す力の大切さを実感しています。
別プロジェクトではBook chapterの執筆機会を得ました。なじみのある臨床論文やバイオマーカー論文とは異なる膨大な基礎論文を読み込み、ストーリーにまとめていく作業は困難でしたが、無事完成し出版を楽しみにしています。
ラボでは毎週月曜朝にミーティングがあり、Dr. WarshawやDr. Fernándezら重鎮の前で定期的にプレゼンを行いフィードバックをいただいています。トップレベルの専門家から直接助言をいただける環境は非常に恵まれており、学会発表と同様に準備・練習をして臨んでいます。
抄読会 (Journal club) は志村先生グループで鍛えられていたため、英語発表であっても比較的リラックスして臨めています。
学会発表は1年目にデータが得られず不安でしたが、2年目以降はマウイ、サンディエゴで計3回(うち1回はOral)発表する機会に恵まれました。
また、時間が合えば木曜夕方の膵臓外科カンファレンスにも参加しており、レジデントの先生によるプレゼンに上級医がフィードバックを行うアットホームな教育的雰囲気に感銘を受けました。術前治療(FOLFIRINOX、放射線)や術前検査(特に嚢胞の穿刺)は日米の明確な違いがあり、非常に興味深く、大変勉強になりました。
4. 生活面での経験
勤務開始当初は英語に耳が追い付かず苦労しました。海外に住めば自然と話せるようになるというのは幻想だと気付き、語学力の向上には日々の意識的な努力が必要だと痛感しました。PIは日本人ポスドクの受け入れに慣れているためか私の英語力をよく理解していただいており、幸い日々のディスカッションは問題なく進んでいます。一方で、日々英語のシャワーを浴びている子どもたちは格段に英語力が向上し、彼らに教えられる場面も多くあります。
ボストンは歴史ある街で、築100年以上のレンガ造りの建物が並び、散歩するだけでも魅力的です。Fenway Parkを本拠地とするレッドソックスや(写真3)、2023–2024年NBA王者のセルティックスなどスポーツも盛んで、優勝パレードはラボ全員で見学しました(写真4)。ボストン美術館やボストン交響楽団といった芸術施設のほか、ボストンマラソンやタングルウッド音楽祭などの文化的イベントも豊富です。
写真3: Fenway Park
写真4: ボストン・セルティックス優勝パレード
物価は高く、円安の影響もあり、食費は日本の2倍以上、家賃は約3倍の感覚です。大学卒業以来、最も節約を意識していますが、それ以上に貴重な経験をしていると実感しています。
子どもたちは現地の小学校に通い、野球、バスケ、サッカー、器械体操などに挑戦しています。私も野球チームのアシスタントコーチとして参加し、全員がすべてのポジションを経験するなど、日本とは異なる教育スタイルに学びがあります。
Dr. Fernándezのご厚意で、イースターやサンクスギビングなどにご自宅へ招待いただきました。イースターエッグハントや伝統料理、ターキーやパンプキンパイなど、米国文化に触れる貴重な体験となりました(写真5)。
写真5: Dr. Fernándezのご自宅にて
日本では日々の業務に追われ家族との時間が限られていましたが、こちらでは時間を作る融通が利くため、本物のもみの木を使ったクリスマスツリーの飾りつけやハロウィンのジャック・オー・ランタン作りなど、家族と充実した時間を過ごしています。
旅行も留学生活の大きな思い出です。イエローストーンやグランドキャニオンなどの国立公園をひたすらレンタカーで巡った旅は最大の思い出です(写真6)。カナダのナイアガラ・トロント・モントリオールへはボストンから車で周り、メキシコのカンクンでは美しいカリブ海を満喫しました。
写真6: イエローストーン国立公園
5. おわりに
これまで2年間の留学を通じて多くの学びと成長を得ることができました。あと数か月で帰局しますが、この経験を今後のキャリアに生かしたいと考えています。
渡航にあたり留学経験者の先生方の手厚い支援を受け無事に留学を開始できましたので、今後留学を考える先生方には可能な限り情報を共有したいと思います。
最後に、この留学を支えてくださった片岡教授、医局長の先生方、志村先生、多施設共同試験を引き継いでくださった福定先生、実験を進めてくださった実験助手の森本さんをはじめ医局の皆様、そして日本学術振興会の留学助成金によるご支援に、心より感謝申し上げます。